美術新人賞デビュー2025 審査総評&全入選作28作家 一挙紹介!
〈美術新人賞デビュー 2025〉の受賞&入選者が決定!応募総数196名の中から、書類、実作品の審査を経て、受賞5名を含む入選28名が選ばれました。ここでは、審査員の立島惠、土方明司の2氏によるコメントともに入選作品を一挙に紹介します。
対談 立島惠×土方明司
第13回のグランプリは亀田千晴さん《ねじれ》
(『月刊美術』 2025年3月号より抜粋)
──本誌主催の絵画コンクール〈美術新人賞デビュー〉。2013年の創設以来毎年開催、今年で13回目を数えます。今回の応募総数は196名。書類による1次審査を通過した90点を対象に、実物による2次審査を実施。審査の結果、受賞5点を含む入選28点が決定しました。審査員は、立島惠、土方明司の2氏に加え、今回から作家審査員として長谷川喜久(日本画家)、小尾修(洋画家)、呉亜沙(美術家)の3氏が新たに参加。ここでは、美術評論家・審査員である立島、土方両氏が各入選作品の見どころのほか、今後の課題についても触れながら、選考を振りかえっていただきます。応募総数は前回から増加し、審査も入選作品を絞り込むのにいつもより時間がかかった印象です。まず全体を通した総論をお聞かせください。
立島 応募数が増えたのは素晴らしいと思うのと同時に、選外となってしまった作品でも「いいなあ」と思う作品が今までで一番多かったと感じました。それだけ、デビュー展のレベルが上がってきたということだと思います。毎回思うことではあるけれども。そういう意味では、コンクール自体が成熟している証明なのではないかと思います。
土方 僕も立島さんと同意見です。レベルは確かに高くなっていて、選外になった作品も捨てがたいものが多かった。反面、入選や受賞した作品が抜きん出てすごくよかったかというと、突出した個性というものはあまり感じられなかった。それはデビュー展に限らず、どこのコンクール、公募展もそういう傾向があるのですが。ただ全体のレベルが上がったということはすごく良いことで、デビュー展を目指す作家が増えてきたということ。それは喜ばしいことだと思います。
◆受賞作品は多彩な5点。決め手は「共感力」
──│それでは、1点ずつ見ていきたいと思います。はじめはグランプリ・亀田千晴さん《ねじれ》。亀田さんは、京都市立芸術大学に在学中で、今回初出品です。
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亀田千晴 《ねじれ》 30S 油彩、綿布、パネル
土方 審査員みんなの評価が高かった。まず既視感がなく、技法も独特で新鮮味があります。モチーフそのものは、孤独感や都市生活者の抱えている孤絶感みたいな、モチーフとしては珍しくないですが、視覚も非常に独特だし、絵に対する思い込みがあまり自己満足的ではなく、他者が共感する回路を持っている。内面性を表現しようとするとどうしても自己満足に陥りやすく、それだけだと見た人に伝わりません。この絵には、絵画的な完成度があるから、グランプリに繋がったのだと思います。
立島 初発性を大事にしていて、素直さというか、思い切ってやっている部分が良かった。それが評価されたと思います。電車の中の様子を描く人は少なくないけれど、独特のタッチで、亀田さん独自のテイストが反映されている。よく見ると、窓に映る部分はしっかり写実的に描いているところが面白いなと思いました。内面性と社会との接点、何かそういうものを表現したかったのかな。
土方 それにまだ学部生。まだまだ伸びしろがあると思います。これから注目したいです。
──続いて、準グランプリにうつります。1人目は中村文俊さん《と或る机上の果物籠》。中村文俊さん
は、前々回は入選、前回は奨励賞でした。
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中村文俊 《と或る机上の果物籠》 30S
油彩、テンペラ、白亜地、シナベニヤ
土方 中村文俊さんは、他の公募展でも賞を獲っている実力派です。彼の強みは古典技法をしっかりとマスターしている点にあります。技法的にすごく安定しているし、絵の表現力の密度が濃い。モチーフを限定して、寓意画として自身の内面性や世界観を表している。そこに彼自身が集中して描いていると思います。ただ、今回ひとつだけ残念だなと思ったのが、モチーフを盛り込みすぎて、テーマに求心力が弱くなってしまったところ。何気ない中に不穏さが潜んでいるところが良さでしたが、その不穏な部分の影が少し薄くなってしまった。
立島 たくさん描かれている果物が、少し散漫なイメージになってしまったのかもしれませんね。説明的な感じに見えてしまったのかな……そこはもったいなかった。でも、入選から、奨励賞、準グランプリとステップアップしているのが嬉しいですね。
──もう1人の準グランプリは中村龍二さん《家に帰ろ》。中村龍二さんは前回入選です。
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中村龍二 《家に帰ろ》 30S 油彩、キャンバス
土方 自身が大切にしている世界を丁寧に描いている。写実であっても、画家がその場にいた気配のようなものが伝わってくる作品だと思います。そういう意味で、写実の中でも共感を持って見ることができます。絵の世界に深い奥行きを感じさせる。
立島 オーソドックスな作品ではありますが、記憶に残る作品でした。時間帯もちょうど黄昏時でノスタルジックな雰囲気も良いですね。
土方 建物や風景のモノクロームと、夕陽の対比が非常に効果的でした。
──奨励賞は、2人。富田伸介さんは以前油彩作品で入選されたことがあります。今回は、銅版画《月
の鏡》で受賞となりました。
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富田伸介 《月の鏡》 49.5×86cm 銅版画
土方 不思議な幻想性をちゃんと表現に落とし込んでいて、完成度が高い作品だと思います。シュールさも感じますが、見る人を置き去りにしないで、作品の中へ引き込んでいる。
立島 油彩の作品もそうですが、表現力をしっかり持っている方だと思います。審査のとき、版画作品は他の絵画作品に埋もれてしまうことも多いですが、富田さんは逆にとても目立っていた。異質な存在感を放っていました。
──もう一人の奨励賞は、李丹さん《淡月と器の囁き》。
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李丹 《淡月と器の囁き》 30F
岩絵具、墨、画仙紙、砂、段ボール、銀箔
立島 基礎は日本画だけれども、段ボールなどを用いてコラージュのように自由に描いている。あまり日本画日本画していなくて、全体を見渡してパッチワークのような面白さもある。絵肌もゴツゴツとしていて個性的で、押し出しも強かった。
土方 今回特に全体的に落ち着いた作品が多いなかで、インパクトのある表現で、目を引く作品でした。
◆感性光る入選作品を紹介。作品の中に引き込む力が鍵
──続いて入選作品を見ていきたいと思います。飯田優花さん《ここは退屈迎えに来て》から順番に
見ていきましょう。
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30P 油彩、キャンバス
土方 技法的にはこれから、という感じはしますが、描きたい世界、内容は不思議な幻想性と、ちょっとした神話的な世界を思わせる広がりを持っている作家です。これからの可能性を大いに期待したい。
立島 そうですね。まだ荒削りな部分もありますが、独自の絵の雰囲気を持っている。
──稲田友加里さん《宙を歩くための惑い》。
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30F 油彩、ジェッソ、キャンバス
土方 写実をベースにした幻想性を醸している。強制的に時間を止めたような切迫感を持っている作品だと思います。写実絵画の中で、こういうアプローチの仕方は珍しい。表現力の強さを十分に感じられる作品です。
立島 中央の動物がパッと見ただけではわかりにくく、影みたいに見えてしまいますが、そのわかりにくさが逆に面白くて効果的でした。所謂写実一辺倒だとみんな一緒になってしまうので、大切にしていきたい作家ですね。
──井上真友子さん《あそこに行けば》。
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立島 以前にも作品は見たことのある作家ですが、全体的な構成力が大胆になってきたと思います。
土方 奇妙な絵ですが、既視感のある不思議な絵。技法の良し悪しも正直わからないけれど、むしろそこが味になっている。
立島 その微妙なラインで描いているのだと思います。独自の表現方法にチャレンジしていて、これからどう変わっていくのか楽しみですね。
──内田世朗さん《森の端》。
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土方 個人的にすごく魅力を感じる絵です。ミクロの世界を覗き込んだような、幻想譚を感じさせる。幻想の物語の1コマのようで、色の使い方も良い。よく考えられている作品だと思います。
立島 私も上手だと思いました。中央の人物に目が行きがちですが、人物というより、情景。全体で見せる作品ですね。センスの良さを感じます。
──岡﨑夏海さん《少女》。
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岩絵具、胡粉、顔料、墨、鋁箔、膠、鳥の子紙
土方 審査の序盤からずっと気になっていた絵でした。普通の人物画とは違う魅力を感じます。特に少女の目に力がある。モノトーンでこれだけしっかりと存在感を出してきているのがすごいと思います。
立島 様々な黒色顔料を使っていて、絵肌も特徴的。ちゃんと描ききっていて、内面性が投影されています。
土方 決して、奇を衒っている絵ではなく、自然体。だけど、全然古臭くなくて、ある意味では新鮮さや現代的な感覚も感じさせる絵でした。希少な存在だと思います。これからも期待したいですね。
──カクミンジュさん《Birds on the Roof Awaken》。
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土方 この作品も奇妙な雰囲気を持っていますね。一見、何気ないような絵ですが、よく見ると人物がいる。どんどん絵の世界に引き込まれていく魅力を持っています。
立島 どこか朝鮮民画にも通じる雰囲気がある。それを今風に落とし込んでいて、どこか「時間の流れ」を感じさせる作品です。
──何承霖さん《鯨山水》。
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立島 何さんはこれまでも何度か入選されていますね。これまでは、どちらかというと、山水の方に偏っていたけれど、今回は、鯨、生き物の方に比重がシフトしているよう。色彩が抑えられて、表現力、構成力で勝負しているように感じました。技術力も高く、これからどんな展開を見せるのか気になります。
──かやさん《夜色の憩い》。
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岩絵具、水性顔料、色箔、麻紙
土方 どこかゴッホのようではありますが、自分の世界に取り入れているから面白い。パクリではなく、オリジナルな作品になっている。
立島 日本画の色の使い方も独特で、粒子の粗い絵具を使っていて、物質感、素材感も味方につけている感じがして雰囲気のある作品でした。
──SHIGERUさん《Tiny Tree》。
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土方 細密に描く作品は多くありますが、不思議なミニアチュールの世界をもっと高めていって、一つのミクロコスモスみたいな表現ができてくると、より説得力が出てくると思います。今は少し散漫な印象を受けますが、そこに求心力が生まれてくると一つの宇宙観みたいなものが出てくる。
立島 ひとつひとつ、自分自身のキャラクターやアイコンみたいなものが描かれていて、ストーリーのような、ストーリーじゃないような、その曖昧さが面白さになっているとも思いますが、配置などにもう少し工夫を加えると自分だけの世界が生まれると思います。
──シバタマミさん《ROOM 2 》。
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岩絵具、銀箔、アクリル、高知麻紙、木製パネル
土方 シバタさんも過去に入選されていますよね。不思議なポップさがあって面白い。作家のスタイルも確立している。ただ、インパクトが今ひとつ弱く感じてしまう。モチーフをもう少し整理した方がいいかもしれない。
立島 それは私も同感です。イラストっぽく見えてしまうことが良いのか? 悪いのか?
土方 デザイン性が勝ってどこか軽い印象を与えてしまう。それがポップの良さでもあるし、悪さでもあるので、難しいところではありますが……。ているのは新しいと思うので、もうひとがんばりかなと思います。
──新家晴真さん《懸崖》。
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立島 山水のようで、どこかおどろおどろしい雰囲気も……。
土方 どちらかといえば、山水の世界に近づくと面白いと思います。今は幻想的な部分が強く出てしまっている。自分の世界にこだわりすぎている感があって、閉ざされた世界になってしまっていて、残念ながら広がりが見えない。閉ざされた世界の場合、強烈な求心力がないとなかなか人に伝わっていかない。
立島 山水画は難しい。特に絹本では。でも、絹本はしっかり扱えているので今後に期待ですね。
土方 技法のテクニックは持っている方だから、これからまた期待したい。
──髙栁基己さん《熱風と一服》。
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立島 髙栁さんは、もはや常連ですね。独自の感覚で風俗画を描いている。今あまり見ない泥臭さがあるところが逆に新鮮。いつも生活している中の自分が見た一場面を独自のタッチで切り取れているところが良いですね。
──谷井里咲さん《あつめたもの》。
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土方 自分が描きたい世界を素直に描いていて、見ていて心地よい絵画です。
立島 全体の色彩のトーンを合わせていて、ふわっと出てくる余韻みたいなものが感じ取れる。猫を題材に描く人は多いですが、谷井さんはそれだけではなく、しっかりと自身の表現になっている点が良いと思います。
──張舒然さん《「6月15日」》。
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立島 色のリズムと筆跡の面白さに好感が持てた作品でした。抽象のようですが、具象のようでもありますよね。いろんな解釈のできる絵だと思います。
土方 プリミティブな世界に通じる面白さがありますね。
──張兆揚さん《今迄》。
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立島 新しいタイプの日本画で、二重絹本の技法でレイヤーにして、ある種の空気感を出している作品。二重絹本で制作する人は珍しくはないけれど、人物を描いて重ねるのは珍しい。
土方 技術力は確かに高いと思いますが、ファッション画やデザイン画のようにも見えてしまう面もあります。絵の必然性を追求して欲しいなと思います。
──張梓璇さん《立ち昇る》。
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土方 独特の神話的な世界を自分なりにしっかりと持っていて、絵の世界に説得力があります。絵画性も感じるし、描き方も上手い。フォーカスが定まっていて、完成されている。
立島 細かく様々な技法を用いていて、技術力の高さも窺えます。ペリカンが一つの暗示として、見る人を絵の世界に導いている。ついついじっくりと見てしまうような、そんな魅力を感じました。
──手塚葉子さん《天高く》。
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土方 手塚さんも何度か入選されていますね。余白の使い方が上手く、自身の表現として確立されています。が、自分の手慣れた画法を、突き崩す努力があると絵がもう一皮剥けると思います。良い作品ですが、完成されすぎちゃっている感も否めない。いつも子供を使った情景を描いていますが、情景そのものにもっと説得力があると絵の世界にもっと入って行けると思います。ただ表面的なところだけ見て我々は理解してしまっている。絵の奥の方へ入っていける仕掛けなり物語なりがあると説得力が生まれると思います。
──トラウトマン クリストファーさん《空間の観察2》。
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土方 なかなか最近見ない表現で面白いですね。
立島 アングルを歪ませた室内風景を描かれていますが、違和感がなくて、わざとらしく感じませんね。
土方 自分を通して見ているような構図も効果的。感覚が新鮮で、非常に面白い作品だと思います。
──中野ともよさん《Potager》。
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岩絵具、水彩絵具、アクリル、麻紙
立島 水を多く含んだ絵具の流動的な形を、野菜や果物をモチーフに描いている。材料の使い方は上手で、画面上の面白さはありますが、何かもう一つエッセンスがあれば、絵の深みにつながると思います。
──張替百合さん《sugar cane》。
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土方 奇妙なアンニュイというか、退廃的な感じがあって面白い作品です。実際のところ、構図は破綻しているように見えますが、人物の描き方に説得力があるというか、インパクトがあるからつい見てしまう。
立島 絵の辻褄があっていないのが、逆に良い効果をもたらしているのかもしれないですよ。絵として面白い。可能性は大いにあると思います。
土方 未完成ゆえの面白さを感じます。
──藤巻美壺さん《幼年期をとむらう》。
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土方 怖い物語のような……独自の幻想譚ですね。幻想的な物語がしっかりと画面の中にある。それに伴う技法もしっかりしていて、揺らがない強固さを感じます。審査の序盤から評価が高く、賞候補にも上がった1点でした。
立島 状況設定が良いですね。この椅子の影が文字になって連なっていたり、ストーリーが奥深く引き込まれる作品でした。
──森紗貴さん《めぐる想い》。
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立島 独自の色彩感覚で身の回りの空間を描いている。明度の高いカラフルな色彩を多用して、一見、ごちゃごちゃとした印象を与えてしまいそうですが、それが逆に良いのかもしれませんね。このまま突き進んでほしいです。
──吉見麻妙さん《ビスケットを持っている女性》。
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30P 油彩、キャンバス
土方 インパクト絶大な絵ですね。場面設定が強烈。何気ない日常の絵ですが、日常を突き抜けて非日常が出てきてしまっている。一度見たら忘れられないくらいのインパクトでした。
立島 パッと見のインパクトだけではなく、よく見ると女性の手や奥の家の描写など細かいところの表現もしっかり描き込まれていて、審査会場で圧倒的な存在感を放っていましたね。
土方 「ビスケットを持つ」という発想がまず誰も思い浮かばないでしょう。それだけで非日常を生んでしまっている。どこか一種のアイロニーを感じる作品でした。
──早足でしたが、入選28点を振り返っていただきました。
立島 改めて入選作品を見てみると、今回は特に油彩作品が多かったですね。日本画も、日本画らしい日本画というより、新しい表現を模索しているような作品が多く見られました。荒削りな部分も見られるけれど、自分の表現したいことと真摯に向き合っている作品がこうやって選ばれるのだと思います。入選作品展は見応えのある展示になるでしょう。
──本日は、ありがとうございました。
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審査員 選考評
長谷川喜久(日本画家)
期待を裏切るような、新しい表現を見つけていくことも大切今回から初めて参加させていただいたデビュー展審査であるが、先ずモチーフやテーマ、素材等幅が広く現在の平面絵画あらゆるジャンルから応募があった点に、この企画自体が如何に多くの作家から求められているものなのかという事実を強く感じ取ることが出来た。
審査に際して私の基準となったのは「作品から作家の姿が見えてくる」こと、言い換えればはっきりとした個が其処にあり、他者では置き換えがきかないものであることと、制作しなければいけない「初発的衝動の存在」がきちんと内包されていることの2点だが、会場に並ぶ作品の多くはこの条件をクリアしており、随分と判断を迷わされた。入選、入賞が決まった作品にはその2つの指標を超えた上で、更に視点や思考に魅力があり、技法表現として優れたものも多く見られた。
グランプリ受賞は亀田千晴さんの電車内をやや俯瞰気味な構図で捉えた作品となった。そのモチーフ自体に制作動機があったというよりむしろその情景、姿を借りて言葉にはならない微細な心持ちを外に向けて描き出している様なイメージがある。朦朧とした筆致と柔らかな色彩が相まって複雑な心境をよく表しているが、もう一つ着目したのは濃色で構成した窓へ映り込みが人物本体よりもややクリアに描写してあることにより、テーマであるねじれ感がジワッと感じられた点である。形にならない心理を日常風景に当て込み描き切ったところはまさに今回の受賞に相応しいと思う。
準グランプリの2作は色彩、テーマの絞り込みが対照的で面白い。中村文俊さんの画風は一見果物を主軸とした静物画風なのだが、其処では小さな生命体の様々な営みが展開されており、最早机上は一つの世界、社会が形成されているといった感がある。それに対して中村龍二さんの作品は日常の一片を自己の感情と共に描いてあり、その色の妙味に吸い込まれていく様な気持ちになった。明暗に依り分割された構成も美しい。
奨励賞両作品はどちらも表現と素材の適合性が高いと感じた。富田伸介さんの作品は銅版画でしか表せないモノトーンでの線、面の成り立ちが強く、寓話の様な画面との相性が抜群に良い。李丹さんの作品からは段ボールや砂等の異素材が視覚的抵抗感を高めながら墨と画仙紙という伝統素材に絡まっていく多面的表現にセンスを感じた。
入選作の中にも森紗貴さんの色彩や中野ともよさんの形態感など印象に残るものも多い。今回入選に至らなかった作品の中にも記憶に残っているものが何点もあるので、是非次回へ挑戦をしていただきたいと願う。同時に今後新たな才能の芽にまたこの審査会で沢山出会えることを楽しみにもしている。
審査員 選考評
小尾修(洋画家)
グランプリ作品に感じた瑞々しい表現力と存在感
今回初めてデビュー展の審査に加わえていただきましたが、審査会場では作者の名前、年齢など、予備的な情報は一切わからない状態のまま、純粋に作品そのものと対峙しながらの審査となりました。作品を見ると内容的にもバラエティーに富み、一定以上のレベルを感じることができました。蓋を開けてみれば全国の各美術系大学の卒業生、在学生たちから多くの出品があった事がわかり、これまで回数を重ねてきたこのコンクールの認知度の高さを実感しました。
グランプリを獲得した亀田千晴さんの作品は夜の電車の車内というありふれた日常の一コマを描いた作品ですが、窓に映り込んだ世界が緻密な写実表現で描かれている反面、現実の車内は渦巻く色彩の集積によってあたかも現実離れした発光体のように表現されています。圧迫感を感じるほどに密集した人物たちはそれぞれに無関心でまるで幽霊のようにはかなげでもあり、現代人の日常を作家なりの視点で切り取ったようなみずみずしい表現が印象的で出品作の中で群を抜いていると感じました。
準グランプリの2作品もそれぞれ違った個性を持った作品として目を引くものでした。中村文俊さんの作品は油彩画の伝統的な静物画の形を取りながらスケール感を揺るがせる要素を加えた独自の世界を作り上げています。堅実な描写と構成力は他に秀でており、ともすれば甘いファンタジーに陥りやすい画面に説得力を与えています。
中村龍二さんの作品はどこにでもある日本の街角の情景をあるがまま素直に描きだしたものですが、一見派手さのない、見過ごしてしまうような風景の中に夕暮れの光から夜の電灯の明かりに移り変わろうとするわずかな時間の情感、暗がりが訪れる中、細い道を奥に向かって走る自転車のペダルの音に耳を澄ましてみたくなるような静けさまでが伝わるようで、鑑賞者を絵の中に誘い込むような魅力を感じました。
奨励賞では銅版画の技法を用いて繊細で幻想的な世界を見せてくれた富田伸介さん、日本画の素材を用いながらより自由な素材表現で密度のある独自の力強い表現を見せてくれた李丹さん、いずれも個性的な作品を見せてくれました。
審査の中では実のところ惜しくも落選となった作品の中にも入選に値するものが複数見られました。将来的には審査員個人推薦作品や個人賞の設定などもあってもいいのではないかとも思います。実際に展覧会場で今回の入選作品と再び出会えるのが今から楽しみです。
審査員 選考評
呉亜沙(美術家)
大切なのは、作家自身の好奇心今回初めて審査員という責任のある仕事を経験させていただきました。タイトルと作品だけで勝負をするというのは、見る側の想像力や経験も試されるものだと不安もありましたが、魅力のある作品というのは作品から呼び止める力もあり、素直な気持ちで票を入れることができました。
グランプリを受賞した亀田千晴さんの《ねじれ》。電車内の様子というのは人々との関係、距離感、時代性、中と外、時間といった多くの要素を包括するモチーフであったと思います。亀田さんはそれを解像度の粗い、不思議なマチエールで描くことによってまるで車内が魔法にかかっているような印象を与えます。しかし単なるファンタジーに留めずリアルに描き込まれた車外の世界の冷静さと相まって、とても不思議な感覚を呼び起こす魅力的な作品でした。
準グランプリの中村文俊さんの《と或る机上の果物籠》。ユーモアと暖かみのある色彩が目を惹きました。ペンギンが作家のテリトリーとも言える静物画の組みモチーフの世界で生活を始めているように見えます。ペンギンと作者の関係性に興味を抱きました。今後もペンギンのキャラクターを軸に展開するのならば、作者の確たる主張が重要になってくると思います。
同じく準グランプリの中村龍二さんの《家に帰ろ》は、誰もが既視感のある情緒的な日常の風景、その空気を丁寧に画面に描き留めていてとても力を感じました。この黄昏時の夕焼けの眩しさと見えにくくなる住宅街のコントラストが、いつも私たちみんなの瞼の裏に記憶されていることを想起させてくれます。
奨励賞の富田伸介さんの《月の鏡》。今回唯一の版画の入賞作品。不気味さと可愛さのバランスが心地よいです。右側の切り離した間にどんな意図があるのでしょう。ズラし方や、とっておく謎の量がちょうど良かったです。李丹さんの《淡月と器の囁き》。異素材を大胆に使いこなしていて目立っていました。好奇心や絵で遊ぶ楽しさが伝わってきます。洗練されすぎてしまうと面白く無くなる危険性もあるので、この遊びの良い面を保ち続けてもらいたいです。
やはり受賞、入選する作品というのは何かしら惹き寄せる力があるものだと納得する審査でした。こちらも作家が見ている世界、感じている世界に好奇心を抱かせてくれます。それは裏を返奇心が大事だということです。作家の感動は作品という物質に変換できるのだからその特別さを忘れないでいてください。
美術新人賞デビュー2025 入選作品展
会期 2025年3月10日(月)~3月15日(土)
11:00~18:30 ※最終日は16:00まで
※開廊時間は変更になる場合があります。
〈第1会場〉
泰明画廊
東京都中央区銀座7-3-5 ヒューリックG7ビル1F
グランプリ 亀田千晴
奨励賞 富田伸介
飯田優花/稲田友加里/井上真友子/内田世朗
SHIGERU /シバタマミ/髙栁基己/張 兆揚/張 梓璇
トラウトマン クリストファー/藤巻美壺/森 紗貴
〈第2会場〉
ギャラリー和田
東京都中央区銀座1-8-8 三神ALビル1F
準グランプリ 中村文俊
準グランプリ 中村龍二
奨励賞 李丹
岡﨑夏海/カク ミンジュ/何 承霖/かや
新家晴真/谷井里咲/張 舒然/手塚葉子
中野ともよ/張替百合/吉見麻妙